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私とコンピュータ その5



 だんだんとポケットコンピュータのBASICがわかるようになり、自分なりにプ ログラムを組んだりするようになった。プリンタとデータレコーダが一緒になった周 辺機器も購入した。初期の頃作った作品に、もぐらたたきがある。これは、「1 2  3 4 5 6@7 8 9 0」」などと表示させ、 「@」の出た左のキーを押 すという情けないゲームだった。表示部分に限りのあるマシンでは、この程度が限界 と思う。その後プリンタを手に入れてから作ったのが、コンウェイのライフゲームだ った。プリンタも1行24桁しか印刷出来ないため、24×24のマスの中での小さ なライフだった。初期状態は配列変数に直接1を入力し、そこから計算をスタートす るもので、次世代を計算するのに15分以上かかっていた。8bitとは言え、十数 kHzでしか動作しないCMOSのCPUのいかに遅かったことか。しかし、その頃 はそれが当たり前であったし、私にとっては十分すばらしい環境だったのである。

 大学時代は、ずっとこんな調子だった。作ったプログラムは、ちょっとした計算を するのに便利だという程度のものやとるに足らないものばかりだったし、逆にフロー チャートなどの知識が無い私には大それたプログラムなど無理な話であった。研究室 に入ってからはパソコンもあったが、それは単なるゲームマシンで、数人が麻雀ゲー ムなどしているに過ぎず、麻雀であれば本物をやった方がいいと思っているので、そ れに触れることもなかった。また、その頃にはテレビゲームも相当進化してきて、い ろいろな種類のものが並んでいた。当初はめずらしがってやっていたが、だんだんに ついて行けなくなってしまった。


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