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私とコンピュータ その6
大学を卒業し、橋梁架設の会社に就職した。そこでも私は1251を電卓代わりに
使い、簡単なプログラムを組んだりしていた。一度はポケットから落として液晶表示
部を壊してしまい、シャープのサービスセンターへ持ち込んで修理した。その年の秋、
千葉と茨城の県境の橋の仕事をやることになった。春までの仕事である。この時、い
つものように胸ポケットに1251を入れて仕事をしていたのだが、下を向いた拍子
に1251を川の中へ落としてしまった。川は1m弱くらいの水深で、落ちているの
が見えている。何とか拾い上げたが、10分以上は水没していただろうか。事務所に
戻り、1251をキーまでバラバラに分解して干し、組み上げてみたが動かなかった。
その後シャープのサービスセンターへ電話したが、水没したものは修理不能だと言う。
上司は気の毒がって電卓を買ってくれたが、私は次のコンピュータの購入を決意した。
この時買ったのがPC−1350である。これは1251よりも二廻りくらい大き
いポケコンで、シャープではポータブルコンピュータと呼んでいたようだ。CPUは
同じものだが、表示部が24桁*4行の大型液晶で、ここで初めてグラフィックとい
う言葉が出てきた。早速ライフを移植し、画面に表示させて遊んだ。ライフのサイズ
は32×32に拡大した。その頃上司や先輩などはパソコンを持っていた。上司のマ
シンの機種は忘れたが、先輩のはNECのPC−6001か何かだったようだ。上司
に何かプログラムを貰ったがSWAP関数が無くて、私がもう一つ変数を使えば出来
るなどとアドバイスする程度のレベルだったが(3人とも)、わけが分からずともパ
ソコンを買っていたのだから立派である。その後1350はメモリを増設したりプロッ
タプリンタを買ったりと、環境が整っていった。(現在も電卓代わりに稼働中)
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