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私とコンピュータ その8



 マシン語の意味は分かったが、それを使いこなすのはとうに諦め、ポケコンのBA SICと戯れながら安らかな日々を送っていた(私は安らかな日々が好きである)。 マシン語に関してはその後はモニタプログラムを手にいれ、ひたすら打ち込むだけに 専念していた。

 昭和60年の春人事異動があり、私は内勤に移る事になった。職場は千代田区平河 町のとあるビルの3つのフロアを占有しており、私の部署にはコンピュータの端末が 置かれていた。本体は階下の電算室にある、YHPの何とか言う大型のコンピュータ であった。その端末で技術計算をやるのだが、端末には記憶装置が無いため、専ら階 下の電算室まで降りて行き、8インチのフロッピーディスクを抜き差しして計算を行 うのだった。そのコンピュータでは技術計算をやる他、BASICをいじったりも出 来たのだが、どうにも私はなじめなかった。どうしても大型コンピュータは苦手であ る。ほかに、私の配属された部にはオアシスがあり、ワープロはこれを使用していた。

 配属されてからしばらくすると、私のいる課にNECの98が置かれることになっ た。ここにきて、ようやくパソコンとつき合い始める事になる。技術計算をそれでや ることに」なったのだが、それにつれてワープロも98でやる事になり、ある先輩と 私とで「一太郎」を使ってみて、これが良かろうという事になった。考えてみれば、 私はオアシス以前はワープロなどさわった事もなかったのであり、部署のワープロを 決定するなどとんでもない事だった。ポケコンの経験からキー配列だけは覚えていて 比較的入力が速かったせいで、知識があると勘違いされていたのかもしれない。しか し、一旦決まると事は順調に運び、オアシスからのデータコンバートなどもうまく行 き、いよいよパソコンをいじるようになった。最初は技術計算とワープロだけで、そ れ以外はBASICを使ってごく簡単なプログラムを組んだりしていた。



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