管理者のページ
私とコンピュータ その11
東京での仕事も終わりに近づいた頃、フロッピーのみの使用では我慢できなかった
私は、HDDの便利さを妻に説明し、購入の了解を得た。また、ソフトハウスの友人
の勧めもあってモデムも買う事にした。再び蒲田のフリータイムに行き、キャラベル
の40M・HDDとオムロンのMD2400Fというモデムを買った。どちらも当時
としては結構高価な買い物であったような気がする。40M・HDDは、10万円以
上もしたのだったが、それでもだいぶ安くなったものだと思っていた。
HDDのインストールはその友人に任せたため彼の好みで作られたようで、私はそ
の方式を現在も踏襲している。単にディレクトリ毎にソフトをインストールし、コマ
ンドラインから起動するだけである。余計なメニュープログラム等何もない最もシン
プルな構成である。
5月も終わりの頃だったろうか、このような環境が整ったところで八戸に帰り、モ
デムを活用すべくネットを探す事にした。モデムにはPC−VANやNIFTYへ加
入する為のセットがついていたが、BBS電話帳という全国のネットが掲載された本
を購入して調べ、地元のネットに入る事にした。通信ソフトはVTERMというフリー
ソフトを貰ってきていたので、あとは加入するだけである。電話帳の八戸の部分には、
NTTの運営するシーガルネットというものがあってこれに入会しようと考えたが、
ゲストでアクセスしてみると、丁度シーガルの存続が問題になっていた。新聞でも報
道されていたが、郵政省から横槍が入っていて、NTTが無料のネットを運営する事
はまかりならんという事らしい。
結局6月一杯でシーガルは無くなってしまうらしい
ので入会はとりやめ、NIFTYとPC−VANに入る事にした。カードが嫌いな私
は銀行引き落としをしなければならないためオンライン・サインアップは出来ず、入
会を郵便制度にて行わなければならなかった。郵政省が横車を押したせいで地元のネッ
トに入れなかったのに、大手ネットに入るために郵政省の力を借りねばならないのは
皮肉なことである。そんな事でまだNIFもVANもIDが来ないでいるうちに、シー
ガルが商工会議所に移管して運営を続ける事がわかった。なるほど、商工会議所あた
りがネットを運営するというのは、いかにも適任ではないか。その頃まだパソコン通
信というのはデータベースにアクセスするようなものと考えていた私は、その程度に
思っていた。即座に入会を決め、センターに希望を出すとすぐに説明書やID・パス
ワード等が送られてきた。平成元年6月19日のことだった。
私とPCトップへ
管理者頁トップへ
"D" HPトップへ