精神的まちづくり
〜「縄文」の心 《共生》〜
単純に自然と共に生きるということではなく、意識の下で一心同体なのだと感じる心。縄文時代の人々はこれを理解していたようだし、現代でも文明のおくれているといわれている国々の人たちには理解されている。同じことは、宮沢賢治や安藤昌益・宮崎駿・GAIAの思想などに、常に根底のテーマとして貫かれているものである。
我々は科学・経済の発展の元に、それを信じて生きてきたが、またそれしか見えなくなっているのも事実である。今こそ、目に見えないものを感じとることのできる文化を見直す時なのだ。
目に見えないものは非科学的などと言われて理解されないことが多いようだが、科学でも分からないことは多い。例えば万有引力などはどうであろうか。ニュートンがリンゴを見て、万物にはお互いに引き寄せる力が働いていることを発見したが、では、そこには何が作用しているのだろうか。糸があれば引っ張ることは可能だが、現在の科学ではそこに何があるのかは分かっていない。ただ、引力が働いているという状況が分かっているだけなのである。
賢治の作品に「なめとこ山の熊」という作品がある。これは、縄文の心を語った作品の中でも、とりわけ明確に書かれているものだと思う。また、この作品の主人公は、そのままGAIA3の星野道夫と重ねられるのだ。
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